『邪道!!』
「ええっ!?」
運動着に着替えた私を見た妹のメルランとリリカは開口一番、そろって同じ言葉を口にした。
事の始まりは二ヶ月ほど前。
村の代表として上白沢慧音が私たちに仕事を依頼してきた。
仕事の内容はいつもと少し違っていた。簡単に言ってしまえば、人里で行われる運動会のサポート。主に音やリズム関係の指導や相談に乗って欲しいという事だった。
変わった依頼だったがこちらの都合の良い時だけでいいという条件だったし、何より面白そうだったので引き受ける事にした。
メルランは主に吹奏楽器を、リリカは打楽器を担当。私はリーダーという立場を活かし、指揮者や応援団等の統率関係を担当した。というのも弦楽器が無かったからで。
やってみていろいろと発見できる事もある。特に経験者のこだわり等は半端ではなかった。その事で多少衝突はあったものの最終的には良い方へと持っていけたと思っている。
基本的に運動会での演奏等は里の人が主体で行われるので、当日を迎えてしまえば実の所、私たちの仕事は終わってしまっていた。せいぜい、今までの成果を見せてもらい、見守るだけであった。
そこで、慧音からもうひとつ提案が出た。
「折角だから、競技に参加していかないか?」
そして、今に至る。
空も晴れ渡った絶好の運動日和。妹たちは深呼吸をするように清々しい空気を思い切り吸い込んで。
『邪道!!』
……二度も言われた。そんなに大事な事か?
「ルナサ姉さんは何もわかってない。運動会といえばこれでしょ、これ」
リリカは自分の着ている服を摘まんで強調してみせた。
「上は学校指定体操着!」
メルランも仁王立ちになり、リリカに続く。
「下は紺色ブルマー!」
「そして」
「それを着たルナサ姉さん!」
『確認良し! ご安全に!』
「私はあなたたちの頭の安全を確かめたいわ」
鼻血を出しながら敬礼をしている二人に思わずツッコミを入れてしまった。
言いながら私の姿を想像していたのだろう。というか、姉の姿想像して鼻血ってどんな妹たちだ。
ちなみに今私が着ているのは、上が無地の白Tシャツで、下がスパッツ型のハーフパンツ。大きめのシャツはハーフパンツに入れず(というかきつくて入らない)、動き易い様に腰の辺りで裾を結んでいる。
「しかし、ルナサ姉さんがそういう着こなしをしてくるとは」
リリカが鼻血をぬぐいながら予想外とでも言うようにしげしげと見回してくる。
「作為的と思われないように余計なものを置いたのが仇になったか」
ぼそりと呟いたその言葉を私は見逃さなかった。
運動着も用意してあると言ってくれたのは慧音だったが、更衣室に案内してくれたのは慧音でもなく、村の人でもない。むしろ自分たちで行った。場所は練習の時によく来ていたのでわかっていた。勝手知ったる何とやらである。
そこに用意されていたのは、Tシャツ、トレーナーにジャージー。さらにはテニスウェア、学校指定体操着などなど、不自然なくらい多種の運動着。それらが各々一着ずつあり、サイズもバラバラなのである。
その中で、唯一サイズが合ったのは体操着(&ブルマ)だったが、流石に恥ずかしくて着る事は出来なかった。代わりに選んだのが、大きくても何とかなるTシャツと、小さくてもスパッツと考えれば穿けるハーフパンツだった。
どうしてこうもサイズが無いのかと考えながら着替えた訳だが、つまり。
「あ、ん、た、の、仕業かー」
「れえはん。いひゃい。いひゃい。いひゃい」
お仕置き「もんちっちの刑」。
リリカの両のほっぺを思い切り引っ張る。ちなみに、つねって捻りを加えると痛みはさらに増す。
妹のほっぺを伸ばしていると、この場所では珍しい面子から声をかけられた。
「あら、珍しいわね。あんたたちも参加してたの?」
「そのセリフはお互い様だと思うけど」
「霊夢。どちらさんだ?」
「それは流石に失礼ではないでしょうか」
博麗霊夢と霧雨魔理沙、さらに最近幻想郷に来た山の神社の巫女、東風谷早苗の三人である。
「おお、虹川三姉妹か。いつもと格好が違うからわからなかったぜ」
「虹川言うな」
そもそもプリズムに虹という意味は無いのだから。
「それに、いつもと格好が違うのもそちらと一緒」
「魔理沙はなかなかわかっていらっしゃいますね、メルランさん」
「上は体操着、下はブルマ。申し分ないですねー、リリカさん」
また始まった。妹たちのファッションチェック。
「ちょっと、メルラン、リリカ……」
「お、わかってるじゃないか、二人とも」
止めようとしたら、魔理沙が食いついてしまった。
三人してグッと親指を立て合っている。ちなみに私と霊夢、早苗は蚊帳の外。
「しかも提灯ブルマとはなかなかマニアックな所をついてるね」
「この格好で両手を横に広げて「キーン」って走ったら、もうベストねー」
何がベストなのかさっぱりわからない。
「やっぱり、幻想郷的にブルマと言ったらこれだろ」
彼女はかぼちゃの形に広がった紺色のブルマを摘まんでみせた。
「それを言ったら、元祖はどうするの?」
失われた物や忘れ去られた物が流れ着いてくる所が幻想郷なら元祖を忘れてはいけないはずだが。
「いや、アレはさすがにな」
ちなみにその元祖ブルマとは、妹たちや魔理沙の穿いているようなパンツルックではなく、ズボン型で丈が長い。長いものでは足首までの長さで、やはりふわりと膨らんでいる。形だけを見ればもんぺに近いかもしれない。
「格好悪くて着れないぜ」
『謝れっ! ブルーマーさんに謝れっ!』
またも異口同音に叫んだのは、妹たちだった。
「彼女がいなかったらこのブルマもそのブルマも無かったかもしれないだぞ」
「そうだ、そうだー。ついでに、もこたんにも謝れー」
はい?
メルランの発した言葉に他の全員が首をかしげる。
「なんでそこで妹紅の名前が出てくるんだ?」
「だってアレ」
メルランが指差す方向。その先には当人がライン引きを手伝っていて。
「……穿いてるな」
「……穿いてるわね」
「……穿いてますね」
穿いていた、その元祖ブルマを。しかも違和感がまったく無い。まあ、元々もんぺみたいなズボンを穿いていた人だが……。
「あー、すまんかった」
なんと魔理沙が自然に謝った。きっと心の底から負けを認めてしまったのだろう。よくわかる。私もなぜかそんな気分なのだ。
「それにしても、ルナサ姉さんもだけど、巫女の二人もつまんない格好してるよね」
リリカが指摘する。
「つまんないと言われても、これは自前ですから」
苦笑しながらそう答えたのは、私と似たような格好をしている早苗。自前という通り、サイズの合ったTシャツにハーフパンツだった。
「なんと、外の世界は終焉に向かっているのか」
おもいっきり頭を抱えて苦悩しているリリカ。
「あの、どう反応すれば?」
「放置で結構です。反応すれば調子に乗るから」
「別に格好なんてどうだっていいのよ」
そう言う霊夢の格好は上下ともにジャージー姿である。こちらもつまんないという指摘はわかるが、別に運動する事に支障は無いはずだ。
「あー、霊夢は勘弁してやってくれ。こいつは里の人に強制的に着せられたんだ。なんせこれだからな」
そう言うと、魔理沙はあっという間に霊夢の上のジャージーを剥ぎ取ってしまった。
間髪を容れずにパシーンと響いた乾いた音は、霊夢が魔理沙の額にお札を貼り付けた音である。
「あんたはどこぞのトレジャーハンターと言い張る泥棒さんか」
「言ってる意味がわからないぜ。……とまあ、こういうわけだ」
キョンシーみたいになりながらも魔理沙が証明してくれた。
「……タンクトップ」
アイデンティティを守り抜いている所は流石としか言いようが無い。
ただし、サイズが無かったのか、はたまた、みずからそのサイズを選んだのか。かなりだぶついた物を着ているので腋以外にも見えてしまっているモノがある。もちろん、さらしを巻いて隠しているが。
「意識しないとしても、男の人は目のやり場に困るわね」
苦笑していると、パシャッ、という音がした。
この独特の機械音には聞き覚えがある。最近よく出没する鴉天狗の持つカメラの音だ。
という事は今日も出没した様である。
「そのお姿、頂きましたわ」
そう言ったのは鴉天狗ではなかった。
「咲夜? それに妖夢まで」
それぞれ主の違う従者が二人立っていた。
「なに、カメラマンにでも転職したの?」
「いいえ。私はいつまでもお嬢様の従者です」
霊夢の問いに余裕たっぷりで応えるのは十六夜咲夜。紅魔館のメイド長をしている人間であった。
「それがこんな所にいても大丈夫なのかしら?」
「これもお嬢様のご命令ですから。運動会に参加して面白いネタを仕入れて来いと」
その割に服装はいつもと変わらぬメイド服姿。妹たちで無くとも指摘したくなるが、参加する気が無いのか、はたまたメイドたるものとでも言いたいのか、どちらにしても断固とした意思の表れだろう。
この場にまったく相応しくなく、完全に浮いている事に違いはなかったが。
そんなことには気がついてもいないのか、霊夢がもう一つの疑問を訊ねた。
「そのカメラはどうしたのよ?」
「ちょいとそこらへんを飛んでいた鴉天狗から拝借いたしました」
彼女の後ろでは魂魄妖夢が、磔にして奪うのは拝借というのだろうか。なんて物騒な事を呟いているが、聞かなかったことにしよう。
「あっそ」
それだけ言うと霊夢は興味をなくしたようで、妖夢に向き直る。
「で、あんたは咲夜の付き人でもやってるの?」
「違いますよ。そこで会ったばかりです。……私の方は、運動会に出ろと幽々子様に言われたからで。この服だって、せっかくだから、の一言で着させられたわけで」
ちなみに妖夢の格好は妹たちと同タイプ。恥ずかしいのか体操服でブルマを隠そうとしている。ああ、これを幽々子様がむりやり着させたのが容易に想像できる。あの御方は妖夢を弄るのが好きだから。
「せっかくだから、なのね」
「せっかくだから、らしいです」
「それにしても珍しいわね。あんたにもそんな命令が出るなんて」
「いえ、まったくもって幽々子様らしい命令です」
ほらと、指し示された先には重箱に箸を走らす幽々子の姿。
傍にはなぜか八坂神奈子と洩矢諏訪子の神様コンビもいてデキ上がっている。
「納得」
「……八坂様、洩矢様」
二柱の神様を見て、早苗があきれていた。
「そういえば服装評論は終わり?」
私は途中から黙ってしまった妹たちに訊いた。
「というか、だって、ねぇ」
「ノリで続けてきたけど、ぶっちゃけ私たちはルナサ姉さんのを見られればいいわけだし」
…………。
とりあえず、二人同時こめかみぐりぐりの刑。
競技が始まってからはみんな、それなりに運動会を楽しんでいるようだった。
私は出る種目が似通った早苗と競い、一進一退を繰り返して、お互いを称えあった。
それを見ていた魔理沙に地味だと野次られたが、余計なお世話だ。
その魔理沙はリレーで妖夢と最速を競い、後ろから追ってきた暴走メルランに轢かれ――妖夢の方は見事な反射神経で躱している――、救護班の妖怪兎、鈴仙・優曇華院・イナバに担架で八意出張診療所に運ばれた。
リリカは障害物競走でこれまた妖怪兎の因幡てゐとかち合い、お互いに何かを感じ取ったのか競技をそっち退けて、足の引っ張り合いをし、ビリ争いを演じていた。ただ観ている人には受けが良かった。
霊夢は意外にも、いろいろな種目に出場し適当にやって、適当に好成績を出し続け、咲夜はそれを薮蚊(パパラッチ)のように追い続けている。
ふと思ったのだが、どうやって現像するんだろうか。
ちなみに余談だが、今回の実況は蓬莱山輝夜が努め、解説席には稗田阿求が座っていた。
急に周囲が騒がしくなった。
なにかあったのだろうか。と思っていたら慧音が前を走り抜けて行くので声をかけてみた。
「ルナサか。ちょうど良い、手伝ってくれ。怪我をした団長が救護班の言う事を聞かずに暴れているらしい」
「団長が? わかった」
すぐに慧音と一緒になって駆け出す。
団長とは、応援団の団長のことだ。学ラン姿の大柄な漢で、他の人より何倍も応援団に情熱とこだわりを持ち、完成度への執念は凄まじい事で有名な人だった。それ故に団全体にもそのこだわりを押し付けて団員たちと何度も内輪もめを起こしている。要するに不器用なのだ。
職人気質とでも言うのか、そういうのは嫌いではない。
最初は私も突っぱねられたが、とにかくどうにかしてあげたくて、こちらも根気良く付き合った。
現場についてみると団長と鈴仙が対峙していた。周囲には救護班、応援団員ともに倒れている人たちがいる。
鈴仙は怪我人にこれ以上怪我をさせない為に手加減しているのだろうが、団長の方も左腕を垂れ下げた状態でよく張り合っているものだ。
普段ならば慧音が一喝して収める所だが、なるほど、こんな一触即発の状態では下手な手出しは出来ない。まして、相手のひとりがあの団長である。
ならば私の出番である。
周囲にヴァイオリンの音が流れ始める。出所は宙に浮く楽器からで、もちろん私の能力だ。私の演奏には感情を落ち着かせる効果がある。
「落ち着いて、団長」
ゆっくりと近づいていき声をかける。
「うぐぐ、これは、卑怯だぞ」
団長は萎えていく感情を必死に奮い立たせている。人間の身で、私の力さえ撥ね返そうとしているのには正直すごいと思う。
それはともあれ、今は話ができるようになれば上等である。私は演奏を止めて団長の説得にかかった。
「見た所、脱臼か骨折のようね。団長が無理をすればきっと舞台には立てるでしょうけど、それであなたの望んだものができる?」
「ぐっ」
「それにできたとして、来年も続けられる保障がなくなってしまう。悔しいでしょうけれど、代わりを立てて治療に専念した方がいい」
少しだけ頭を冷やし、考える余裕ができる事によって、聞く耳も持つ事ができる。
団長は悩んだ末に、自分の学ランを脱いで私に突きつけてきた。
「ならば、あんたがやってくれ。俺の我が儘にずっと付き合ってくれたあんたになら代わりを任せる事ができる」
真剣な面持ちだった。
私は答える代わりに学ランをしっかりと受け取った。
「ルナサ姉さんどこに行ったんだろう?」
すでにレクリエーションの応援合戦が始まっている。
何組かの応援団やチア隊等が日頃の練習の成果を披露する、いわゆる見世物である。合戦とは名ばかりで、特に決まったチームを応援するわけでもなく、点数に関わる事もないが、やりたい人と見たい人がいるという事でプログラムに組まれていた。
「もうすぐ出番だっていうのにねぇ」
リリカと一緒に探し回っているメルランが手の中の物を確認する。
チアのコスチューム。もちろんルナサ用に用意したものだった。
その時、一際大きい歓声が上がった。
「それにしてもさっきといい、今といい、何か面白い事でもあったのかしら?」
気にはなるが、目下姉さん捜索中だ。
「ねえ、リリカ。あそこ」
「ルナサ姉さん、いた?」
「あれ。そうじゃない?」
メルランの指差す先、それは現在進行している学ラン中心の応援団の応援である。その中心で大きな学ランを身に纏い指揮を取っているのは、間違いなく二人の姉だった。
「ちっがーう。姉さんが着るのはこっちー」
必死になって叫ぶが大きな歓声の中では届いていないようだった。
「でも、あれはあれで良いよねー」
「……悔しいけどね」
仕方ない、こっちは想像で補いますか。代わりにその姿、よーく目に焼き付けてあげるからね、姉さん。
(終わり)
あとがき
誰か、イラスト描いてー!!!(かなり本音の叫び)
はじめまして、もしくは毎度どうも、スペーサーという馬鹿者です。
こんなお馬鹿な話にお付き合いくださって、本当にありがとうございます。
ルナサにいろいろ着てもらいたくて思いついた話ですが、書いている途中でタイトルの事実に気が付き、絶望して、半年も放置したというのは本当の話です。
実のところ、やるなら絵本形式だなぁ。とか考えており、そっち用のシナリオまである程度創っておきながら、自分で描くと完成さえするのかわからない。
かといって人に頼むと、ほとんど絵師様任せになってしまい、自分の役目が無いという、これ本当に自分の本か? と具合になってしまう、どうしようもない代物でございます。
まあ、絵の練習しながらやっていこうと思った矢先にまた体の調子を崩して病院行き。無理が祟ってるんだから安静にしてやがれと、ありがたい言葉を頂き、仕方なく文章の方を形にしてけりをつけた次第です。
そんなわけで短期間で完成まで持ってきた(ちなみにまた無理をしています)ので、表紙も本文も中途半端な出来です。ここだけはお詫びしたい。申し訳ないです。
本当は、咲夜にも妖夢にも別の物を着せて、別の話に持っていきたかった。永遠亭の人たちも何とかしたかったですね。
そうそう、弁解しておきますと、自分はTシャツにスパッツは邪道などと思っておりません。むしろルナサには合っているんじゃないかと思うぐらいです。かといって、体操服ブルマを邪道とも思っていません。
いろいろ着せたい、着せられなくても誰かの想像で絵が出せるならこんなのもありかなと考えただけです。結局、その絵が無いんですけどね。
それでは、このへんで。また、別の本にてお目にかかれるようがんばりたいと思います。
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